徒然草

つれづれにさまざま書いています。

「薄墨の桜」・宇野千代 著・・

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「私」が薄墨の桜を見に行きたいと思ったのには風流な気持ちがあったわけではない。
ある人から聞いた、「いっぺん枯れそうになった・・」と。
樹齢1200年という老樹に興味が湧いた。

助手の雪子と共に訪ねた先は、岐阜駅で車に乗り換え、山道を登って行く。
しかし、はた・・と不思議に思った。
樹齢1200年・・と言う老樹の桜にしては、ポスターも、看板も、何も掲げられてはいなかった。

「私」が見たその桜は・・今にも枯れそうな憐れ・・としか言いようが無い様であった。
誰も見ない 誰も訪れない、そんな姿であった・・

巨樹のすぐ横に、大きな田んぼに水を張ってある。
それが根を痛め、枯らすのか・・あの田圃をどうにかすれば・・と、
心が騒いだ。

「私」は桜の画の着物を作って 展示会に出したが、それを誰かが買って行ったと言う。
誰が買って行ったものか、とんと分からず仕舞いである。
そんな時、
知り合ったのが、波乱の人生を歩んだ大きな料亭の女将と、その美貌の養女、である。
あの、桜のそばの大きな田んぼは その女将の持ち物であった。
「売りになど出しませんし、あそこは大切な田圃なんですよ。老いさらばえた桜など・・」と、ニベもない。

聞く処によると、女将の元にいる養女・芳乃の運命は 大変悲しいものであった。
この娘の父親が、その昔鳥と間違え、主人を撃ってしまった。その時、
「一升の蕎麦さえも差し上げるものが無いので、この芳乃を差し上げます・・」
そうやって貰われてきた娘であった。「どうなさってもかまいません」と、父親は言ったと言う。
それから20数年、芳乃は女将に仕えて来たらしい。

「私」の頭の中には 歳を取って老いさらばえた桜の老樹の姿があった。
あの桜を立派に生き返らせたい・・地元の役場や、やがては県までも、動くようにと願った。

そんなある日、事件が起こった。
あの料亭の女将と、芳乃が心中を図った・・と言うのだ。
それはびっくりした・・が、真相はこうだった。
芳乃に恋い焦がれる一人の男は、ある日、芳乃と駆け落ちをする筈であった。
しかし、ひょんなことから、反対する女将を殺してしまう。
そこへ駆けつけた芳乃が、男を逃がし、自分が女将と心中したように見せかけたのである。
その芳乃の着ていた着物は、以前、だれが買って行ったか行方知れずになっていた、
「私」が手掛けたあの桜の振袖であった・・・


その後田圃は整備され、樹木医も入って、薄墨の桜は、それはそれは見事な桜として蘇った。
数奇な運命の美貌の芳乃と、大きな料亭の女将が織りなす「薄墨の桜」
「私」と小説では描いていますが、言わずと知れた、「宇野千代」ではないでしょうか。
本の事件は架空のものでしょう。

事実、彼女はこの桜を見て、枯れかかっているのを悲しく思い、
各方面に働きかけ、いわば一番の功労者でしょう。
薄墨の桜を愛した彼女の夢は果たされ、いまではきれいに整備された桜公園になっています。

この小説を読み終わって、感じたこと。
料亭の女将は、気位が高く、人を見下すような人物ではあったけれど、
たった6歳でやってきた、美貌の芳乃を実は愛していたのではなかろうか。
そして、老いさらばえてしまった巨木の桜にも 憂いを持っていたのではないか・・・と。

殺人と言う事件が起きてしまったけれど、実の親子以上の感情はあったのではないか・・と、思います。
一本の老いた巨樹の桜を軸に描かれた 名作です。



※ 「薄墨の桜」   宇野千代 著
      昭和54年3月30日 初版
      昭和58年5月30日 第4刷

  発行所 (株)集英社


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根尾谷の淡墨桜
国指定天然記念物・根尾谷淡墨桜
樹齢・・1500年・・江戸彼岸桜です。

2017年4月、見てきました。開花寸前・・残念でした。
  (淡墨桜下呂温泉の旅)



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