お彼岸のお中日前に 実家のお墓参りをしてきました。
車でおおよそ45分くらい。いつでも行ける距離ですが、なんだかんだとご無沙汰・・
母が亡くなって、父と弟と、三人のお墓になってしまいました。
返す返すも残念なのは、私より4つも年下の弟が、先に天国へと行ってしまったことです。
彼がいれば、母や父の事など、思い出話もできたでしょうけど・・
何とも、悲しいです・・
父母は、長野県飯田からの、開拓者としてこの地に戦後やって来ました。
実家の辺りは みんな開拓者で若い夫婦がやってきたものですから、
その方たちが「一世代」。 しばらくは、墓地も無かったようでした。
長野県の方が多い地区ですが、宮城、山形の方もいます。
それで、共同墓地をこの地に作ったのです。
ですから、墓石はみな同じです。
いまは、管理費を支払い、草などは取ってくれている様子です。
元々、いまの半分の墓地でしたが、時代とともに、大きくなっていったようで、広くなっています。
「一世代」の方々も、お墓に入るようになって、父母もきっと、淋しくは無いだろうな・・
なんて、そんな事も思いました。
今ごろはきっと、苦労した昔話をしているかもしれません・・
帰ってきて、私んちのお墓参りも。
私んちのお墓は、地区の中にあり、これもまた昔々からの墓地です。
私が嫁に来たころ、まだ、「土葬」で・・
いやはや・・うわあ・・・って思ったものです。(笑)
(実家は昔から、火葬をしていました)
いまではみんな墓石も新しくなって、周りのうっそうとした木も取ってしまい、
明るくなり、とてもきれいになっています。
我が家では、ご先祖さまと共に、周りに、「お客人」が眠っているらしく。
そのお客人はいくらほどいるのか・・はっきりしません。(笑)
お客人・・とは、昔、我が家は庄屋をしていたらしく、旅ゆく人を泊めたり接待したりもしていて、
なかには病気で命を落とした人もいたそうです。
その方々を埋葬して、家族同様、お参りをしたそうです。
ですから、お盆には、お客人も我が家に帰って来ますから、ご飯のお膳はその分も用意します。
昔は、たいそうな大きな庄屋だった・・・という話は、耳にタコができるほど、
義父義母に聞かされましたが・・今は見る影もなく・・・(笑)
ご先祖様の、「大酒飲み」がたたった・・らしい・・・・(笑)
でもまあ、我が息子たち2人も、無事に大きくなり、二人とも、この地にいますから、
これもご先祖様あっての事でしょうかねえ。
父や母や弟の事、義父や義母の事、そんな事を想いだす、お彼岸ですね。
天国に行ってしまった者たちの事を想う、日でしたが、
生きているものは、日々を大切に過ごさないとなりません。
まあ・・・
そうは思うのですが…つい・・ぐうたらになってしまう、私です・・・(笑) (^_^;)