旧・小幡宿の野仏たち・・
茨城町小幡宿内
右に入る道のちょうど辻に その野仏たちがおりました。
街道の辻になっているところで、右手に進むと、「小幡城址」となっています。
4体の野仏たち。
大きな桜の木に守られるように ひっそりと佇んでいます。
小幡宿は水戸藩の要望でこの先の長岡と共に藩領となったとされます。
本陣として使われた街。宿場の南に、愛宕神社が鎮座し、ここから西郷地に至る街道に
桜並木があったとされます。
残念ながら今は面影はありません。
(この近くに、光圀公の愛した、「千貫桜」の場所あり)
「聖徳大神」・・
左端の大きな石塔。
月待塔・・
二十三夜塔など、
月の満ち欠けの畏れから生まれた信仰で、「月待信仰の中間の集まり」。
高齢者が集まり、念仏等を唱え、安産祈願など、祈願をしたとされます。
また、時代が過ぎて行くにつれ、「集まって娯楽を楽しむ」
(話や持ち寄った食べ物を食べるなど・・) と言ったものに変わったともされます。
一番小さな石塔。
赤い布がかけられていますから、道祖神ではないか・・と思われます。
長い年月のうちに、姿が見えなくなっていても、
地元では、あつく信仰されているようです。
長い長い時間を この仏たちは何を想っているのでしょう・・・感慨深いです。
野仏の後ろに、巨大な木を発見。
大きな木は枯れてしまったようですが、横の木は、「上溝桜」の木です。
そうなると、枯れた巨大な木も、桜ではないか・・と、長男が申します。
上溝桜が枯れる前にひこばえが出て、それが今のように大きく育ったのかもしれません。
野仏のいる場所に立っている上溝桜。
信仰の的になっているのでしょう。素晴らしいと感じます。
※ 小幡宿から小美玉市西郷地当たりまで、昔は桜並木だった・・そうですから、
この枯れた巨木の存在は、見逃せないようです。
その頃の名残かも…知れません。
ひっそりと・・・桜に守られた野仏たち・・・・
上溝桜が咲いたころ、また、訪ねたいと思います。(#^.^#)